私のものなんて、なにひとつない。

「オリジナル」という言葉は
死語だと思う。

料理という文化は、母にもらったもの。
 
私が作る料理は母の味が土台になってる。
さらに、レシピなんかググればいくらでも出て来て。
誰にでも、美味しいものはすぐに作れる時代。

 
デザイン作品だって「私のもの」という
感覚は、かなり希薄で。

「お預かりしている何か」
のような気がする。

そこにはあまり執着がなくて、
きっとだからこそ自由に扱えるのだろう。
 
「私のもの」にしようとした瞬間から、
手のひらから指の間を通って、
砂のようにこぼれ落ちていってしまう。

「私のもの」にしようとした瞬間から、
形にはならなくなってしまう。

その瞬間から、料理の味にもデザインにも
「我」の強さが出てしまうでしょう。
 

何でもそうだよね。
人の気持ちでも、仕事でも、おんなじだ。
 
私が手に入れられてないなぁ…って思うものは、
きっと私の執着が強いのでしょう。
 
それでも、遠回りしても諦めない私は、
きっと執念深いのでしょう。

 
学習能力がないように見えるけど、
諦めの悪さは多分いい方向に生かされている…
と思いたい(笑)
 
年の功なのか、諦めたほうがいいところ、と
諦めちゃいけないところ、が

わかるようになってきた。
ってだけかもしれません(笑)